‘旅行・車・自転車・山・アウトドア’ カテゴリーのアーカイブ

NHKプロフェッショナル「出動せよ 雲上のレスキュー隊」

2010 年 3 月 3 日 水曜日

NHKプロフェッショナル「出動せよ 雲上のレスキュー隊」 (3月2日放送)

登山者にとっては頼もしい存在ではあるけれど、本当に過酷で大変な仕事だと思います。

「つらくてもつらくない、重くても重くない、寒くても寒くない」
どれだけ強い精神力と体力が要ることか。


そう言えば、山岳警備隊の方って、普段のパトロールの時も、ものすごく歩くのが早いんですよね。というか、そうでなくちゃできない仕事ですけれど。



それにしてもこんなことまでしてみせなくてもいいのに。(笑)
スタジオにクライミングウォールを用意するだけでも大変だったでしょうに。
山岳警備隊の方に、こんな練習用の壁で実演をさせるというのも、お気の毒なような…。
現地での、訓練(例えばザイルさばきとか、雪上歩行訓練とか)の映像をもっと見たかったなあと感じました。

20歳の誕生日

2010 年 2 月 27 日 土曜日

毎年書いているような気がしますが、本当にはやいものです。
もう成人なのかー。

もう耳タコだと思いますけれど「麻酔が効かない状態で帝王切開」
20年前、すごい痛みに耐えてがんばった!?私も誰か褒めて。(笑)




で、今朝、親子で盛り上がった話題はなぜだか
JR東日本三連休パス」をもしも手に入れたなら、どんな旅行計画を練るか、という件。
遠くに行って距離を稼ぐか、なるべく多くの種類の電車(新幹線)の乗るか。

私も大学生のころは、時刻表をみながら、想像だけの「旅日程」を作るのが好きでした。
いかに安く、たくさんまわるか、とかね。
がっ!私のころの「周遊券」なんて、急行しかフリーパスで乗れなかったのよっ!(古っ)
特急なんていうのはブルジョアのものだったのに、今や新幹線の乗り放題だなんてすごいですね。

夏の北アルプス あぁ絶景!雲上のアドベンチャー

2009 年 9 月 23 日 水曜日

090923 番組ページ

朝のばたばたしている時間に、なんでこんないい番組をやるかなあ。(笑)

途中から見た上に、落ち着いて見ることができませんでした。

でも、あまりにもおもしろい企画!
立山からジャンダルムですって?
3週間かけて!!
いかな硬派の、体育会系ワンゲルでも夏合宿にそんな企画はできないでしょう。
そもそも、3週間分の分の食料をもって歩けない。
※例えばアルプスなどの山行で、1パーティ5,6人の、1週間~10日の合宿(テント+食料+その他)となると、だいたいひとりあたりのザックは30kgくらいの重量になる。
しかも、心優しいセンパイ方が、出発間際に、「差し入れ」と称してわざわざ「1Kgの白桃缶詰」などを持ってきてくれる。(涙)
体重が45Kg無い女の子(私のことよ!)には、かなり辛い重量でした。(今は絶対無理。)

番組では、小屋泊まり(つまりテントや食料は持ち歩く必要が無い)、でしかも機材などを運ぶために歩荷(荷物運ぶ人)が4人もいるらしいので、可能だったのでしょうか。

それにしても、なんと贅沢な企画!
でも、そうは言っても大変だろうから、すごいことだーー。

番組では、ルートの説明とか、かかった時間とかが(編集されいるせいか)よくわかりませんでした。(上記のルート図はあまりにもアバウトすぎるー)
単なる観光番組じゃなくて「縦走」にも目を向けるのであれば、そのあたりもちょっと詳しい説明が欲しかったなあと思います。
少なくとも私は興味があります。

例えば「三俣蓮華の山小屋を出たあと、槍の肩の小屋に着いた」映像があったのですが(画像に出ている何日目という文字が同じだったので同日だと思ってしまった。)
(無理すれば行けないこともないけれど)、初心者を連れて「1日」で無理して歩くかなあ?
西鎌尾根をものすごいピッチで登ったのか?
などなど疑問だったのですけれど、、アナウンサーの方のブログに、途中双六小屋で泊まって、それから翌日肩の小屋、だったようで、やっぱりなあと思いました。
(そう言った意味で、ルートや、経過時間をもっと詳しく知りたい。)

それから、よかったところは
槍ヶ岳を越えて、難所であるキレットや、穂高のジャンダルムのあたりは、アナウンサーの方がもう「素」になってしまって、ほとんど喋らない(喋れない)、というところ。
ちょっと笑ってしまったけれど(すみません。)逆によかったです。だって、あそこで、初めての方が流暢に喋れるのなら、それは不自然。
怖いなら怖い、というのが伝わって、すごくリアルで、そこがいい!ですよね。(笑)

ちなみに、私は、穂高のキレットも、後立山連峰の不帰キレットも、行く前にさんざん脅かされたのですけれど、ガスっていて、足元がよくみえなかったせいか、それほど怖いという感じでもありませんでした。(って多少強がり?)

それにしても、キレットやジャンダルムの空撮!かっこよすぎ!

ドライブ旅行 2日目 (2)

2009 年 8 月 18 日 火曜日

富士見高原 → 鉢巻道路(昨日と反対方向)
→ 八ヶ岳高原ライン → 清泉寮(ソフトクリーム食べる)
→ 清里ライン → 野辺山 鉄道最高地点(わざわざ電車が通る時間まで待って撮影)
→ 野辺山 国立天文台野辺山宇宙・太陽電波観測所 
→ 佐久甲州街道 → (途中立ち寄る)松原湖 → 佐久ICから上信越自動車道へ
→ 横川SA(「峠の釜飯」を食べる) → 藤岡JCTを経て関越自動車道へ
→ そのまま関越出口まで行かないで わざわざ鶴ヶ島から圏央道へ
→ 八王子JCTで中央道へ → 帰宅

運転に慣れる、という意味では、おおいに意味のある!?(ただ物好きなだけ?)大回りのルートで帰ってきました。
私なんて、1秒も運転していないというのに、それでもかなり疲れました。


今回は、レンタカーでまわりました。なんだかよくわからないけれど、ホンダのインサイトという車に非常に興味があったみたい。
それにしても 我が家の車の保険が、19歳の運転者の分も含めるようになると、年間6万円も余分にかかるらしい。
これからどのくらいの頻度で車に乗るのかによって、いつごろから保険にはいるかが微妙。

富士見高原 ドライブ旅行 1日目 (1)

2009 年 8 月 17 日 月曜日

八ヶ岳のふもとにきています。

息子が初めて運転する車に乗るっていうのは不思議な感じです。
夫と交替しながら運転練習。
私より運転はまし。(ずっと、うまい) でも、同乗している方も緊張してすごく疲れました。


中央道 → 国道20号 → 「尾白の森キャンプ場」(*1)へ立ち寄る 
→ サントリー尾白工場をちょこっと見学 
→ 小淵沢道の駅(おやつ用に、高原トマト購入) → 鉢巻道路 
→ 蓼科高原 → メルヘン街道 → 蓼科湖 → 大門街道 → 白樺湖 
→ ビーナスライン → メルヘン街道 → 鉢巻道路 → 富士見高原 

けっこう山道も含むドライブでした。(って私は、1秒もハンドルを握りませんでしたが…)



(*1)
この「尾白の森キャンプ場」は、管理人のおじさんおばさん(おねえさんと呼ぶこと!)は、(きちんとルールを守らない人には)とても厳しくて、そして同時にやさしい方。
おかげで、キャンプ場の雰囲気がものすごく快適。キャンプを楽しみたいファミリーには、本当にお勧めです。
しかも川も温泉も歩いていける近さです。(というか、お隣におおきな温泉ができたのにはびっくりしました。すごく便利になったのですねえ。)

管理人のおじさんもおばさんも覚えていてくれて(おじさんは話をしていくうちに思い出した、という感じでしたが)、「もうこんなに大きくなったんだー。」と懐かしがってくれました。
なにしろ、Rが幼稚園のころからキャンプでお世話になっていたので。
それが、若葉マークをつけて、車で立ち寄るなんて、月日がたつのははやいものです。
尾白キャンプ場の風景

二俣川へ

2009 年 8 月 16 日 日曜日

免許取得のために出かけたのに、仮免許証を忘れた、という連絡。
だ・か・ら、前日にちゃんと持っていくものを確認しなさいって言ったのに!(爆発モード)

電話で連絡してきたときに、もごもご言っているので
「先ず何か言うことあるでしょ?(怒)」
すると
「大変お手数をおかけして申し訳ありませんが、忘れてしまった仮免許証を持ってきて頂けないでしょうか。」(←棒読み)
抑揚のない、棒読みではあったけれど、まあ、よしとしよう。(笑)
なにしろ「明日から」、免許取得後の初ドライブ(運転練習)旅行に出かけるため、どうしても本日中に免許取得する必要があるのだもの。
(本来ならば、あ、そう、また出なおせば? となるのですが…。)

ということで、車で(夫:運転、私:人間ナビゲーター)わざわざ届けてあげました。
まあ、なんてやさしい。(自分で言うか!?)

もちろん、お昼ご飯は忘れた本人に、しっかりご馳走してもらいました。(ジョリーパスタですけど:笑)
デザートまで食べて、おなかいっぱい。

古いアルバムを引っ張り出してみる

2009 年 7 月 17 日 金曜日

0907171
もうウン十年も昔。
大学3年の夏合宿で、大雪山系(黒岳 ~十勝岳)を、7日間くらいかけて縦走したことを思い出しました。古いアルバムを出して見る。
長期合宿の「パーティリーダー」としての初めての山行だったから、かなりプレッシャーがあったような。でももう細かいことは覚えていない。
※写真は、美瑛岳から黒岳方面を撮影したもの。 下は、そのときのスケッチしたもの。

北海道の山は、雄大だったなあという記憶。ただ山が奥深い(アプローチが長い)印象が残っています。美瑛や十勝のあたりは、稜線が吹きさらしなので、雨や風が強かったら大変だろうな、と思います。



熱がいまだにさがらず。ふらふらしています。
アルバムなんか眺めている場合じゃないかも…

自転車タクシー

2009 年 7 月 15 日 水曜日

090715 みなとみらいでみかけた、自転車タクシー。
あとから調べたら、ベロタクシー(ベロはラテン語で自転車の意味らしい)というものらしいです。

観光地での人力車とか、こういうものは、興味がないわけじゃあないけれど、けっこう目立つので、あまり落ち着いて乗っていられないだろうなあ、と思います。
それにしても、いったいどんな体力なんだ?人を運ぶって?

自転車乗りの皆様には、良いアルバイトになるかも…いえあのその。


また、風邪ひいたみたい。
私の方は、体力がまったく無いんだなあ、って、ちと情けなくなる。

スキー

2009 年 1 月 28 日 水曜日

スキーなどという言葉は、ここ何年かは我が家から無くなっておりました。
本日、スキーへ行った話題を聞いて、うらやましくてしょうがありませんでした。もう、スキーにはしばらく行けないと思うだけに。

志賀高原の横手山頂ヒュッテも話題になりました。あそこのボルシチは絶品なんですよねえ。いいなーー。

あっという間に金曜日

2009 年 1 月 23 日 金曜日


あっという間に今週もおわり。

写真は本文とは全く関係ありません。
でも「しごとのくるま」って、妙にかっこいいですよね。

「めぐりん」で巡る下町(2) 上野

2008 年 11 月 5 日 水曜日

浅草を散策したあと、今度は「東西めぐりん」に乗車。

このコースもまた楽しい。

なにより、上野駅の入谷口を通り、鶯谷方面向う途中でぐるりとおりかえし、線路の上を横切って、東京国立博物館方面へ行くコースなのです。

バスの中からでしたが、上野駅の線路の様子が撮影できました。うれしい。※陸橋の上でぼーっとするのも楽しいだろうな。

上野の森は博物館とか美術館とか文化的施設がいろいろ点在していて、本当にすばらしいところですよね。
たくさんの人がいて、文化的民度が高いことよ!と感心してしまいました。
(でも、ぎんなん踏むなー!くさいんだもの。:笑)

国立博物館~旧東京音楽学校奏楽堂~東京芸術大学の道を歩きました。
建物を眺めるだけでも楽しい。

途中、青いキリンが見えました。
あとから調べたら、芸大の卒業生の作品らしいです。
そう言えば、芸大の脇を通る人たちが、気のせいか皆「若き芸術家のたまご」に見えました。
気のせいじゃなくて、きっとそうね。

「めぐりん」で巡る下町(1) 浅草界隈

2008 年 11 月 3 日 月曜日

先日谷中に行ったときに、かわいらしいバスが走っていたのですが、これは「めぐりん」というバスでした。
台東区をいろいろと巡ることができる(北めぐりん、南めぐりん、東西めぐりん)すぐれもの!?で、一日乗車券300円を購入すると、何回でも乗り降りすることができます。
本日実際乗ってみると、有名なところも、そうでないところも!?めぐるめぐる(笑)。
大通りではなくて、へ?こんなところも走るの?というような路地もすいすいと走っていきます。それだけに、下町を散歩しているような気分になります。

先ずは上野から南めぐりんで浅草へ。
正確には「田原町駅」で降りて、ぶらぶらと歩きながら雷門へ。
本日は時代祭りが開催されるとかで、いつもにも増してたくさんの人がいました。
それにしても浅草界隈は、おもしろいお店がいっぱいあって見るだけで楽しいです。
いや、もしかすると「浅草だから」という背景があるから、そう見えるのかもしれないけれど。

(並んでいる人がたくさんいる)人気のレストランの厨房(画像上)は、なかなかワクワクするものですね。
手際がいい料理人さんはかっこいい。

写真下は、「お祭りの道具」を専門に売っているお店。
(ショーウィンドウの外から撮影したのでわかりにくいかも)

お店の中にもはいりましたが、いなせな足袋とか法被とか小道具とか、あと太鼓やら、大道具のようなものとかがいっぱいでした。
見ていて、飽きません。が、しかし多分個人的には買わないだろうなあ(いつ使うんだ!?)と思うものばかりでしたが…。

鹿児島旅行の思い出(番外編その2)

2008 年 9 月 25 日 木曜日



かつおのモチーフは「the 枕崎」ですね。

枕崎にむかう途中に地図で「枕崎空港」というものを見つけました。え?枕崎に空港なんてあったけ?と不思議に思いながら、立ち寄ってみると、ちゃんと空港「らしき」ものがありました。
こわごわ!?中にはいってみると、一応空港カウンターらしきものもありましたが、中はがらんとしていました。
※現在は、防災ヘリ用の発着に使われているみたいです。


———————-
最近眠りが浅いせいか!?ヘンな夢ばかりみます。例えば、映画の予告編みたいなもの。
つまり犯人の影はみえるが結局誰?というか、わからないまま。
まるで実際見てのお楽しみねという「お預け状態」で目がさめる。
すごく中途半端!なんだかなあ。
いったい私のアタマの中はどうなんているんだろう?(笑)

鹿児島旅行の思い出(番外編)

2008 年 9 月 16 日 火曜日


鹿児島で見た風景。

すっかり忘れていたのですが、鹿児島の住宅街では、ゴミ回収場所の横に、火山灰の回収場所もあるのでした。
※積もった火山灰を袋に入れて出します。





■ヨロコブ
ちいさいクモが天井にはりついているのを見つけて、どうしたものかと思ったのですが、とっさに、空の2リットルペットボトルの口を天井(クモを囲むように)にあてて捕獲しました。

昔から、クモはコブと呼んで「喜ぶ」縁起のいいものだから絶対に殺してはいけないと母に言われていたので、部屋にクモがいると、もうどうしていいのかわからなくなります。外に出してあげたいのだけど、ティッシュで捕まえると万が一殺してしまったらいけないし。
でもこのペットボトルを使った捕獲作戦はいいアイディアかも。中にクモを誘い込んだあとは、すばやくベランダに運べば部屋の外に出してあげられますものね。

鹿児島旅行の思い出(3) 指宿~枕崎~知覧~鹿児島市内

2008 年 9 月 14 日 日曜日

【2008/09/10】
指宿の宿を出て少し南下するとほどなく山川港に出ますが、そこで、Rが「地熱発電所」の看板をみつけました。(「発電所」とか「ダム」にすぐ反応するR:笑)
急遽、いろいろと迷いながら「山川地熱発電所」へ。当然ながら、見学者は私だちだけでしたが、施設を案内して頂けました。敷地の中にすらはいれる、とは思ってなかったのでラッキー!!
地熱というのも、すごい自然の力なんだなー。

その後、夫とRが「東シナ海をみたい」というので、開聞岳をみながら西へ。
道路はもちろんですが、道路の脇の花(小ぶりの真っ赤なハイビスカスなど)がとても綺麗でした。
海ってつながっているからどこから東シナ海というのは(素人には)正確にわからないのですが、多分「長崎鼻」を境にして西側を東シナ海と言っていると思います。


その後も西に向かい指宿枕崎線の終点の「枕崎駅」まで行きました。やっぱり終点をみなくちゃね。(笑)
そこから今度は北上して「知覧」を経由し、鹿児島市内に戻ってきました。

天文館も30分くらい過ごしました。天文館は電車通りをはさんで2つのエリアがあるのですが、どちらかというと飲み屋さん街でないエリアは、当時、一番大きな書店と、レコード屋(楽器屋)さんがあって、高校時代にはここでよく過ごしたものでした。でも、もう全然変わってしまっていて、書店が無くなってしまっていたのにはがっかりしました。知らないお店ばっかり。
もう、ここは、私のふるさとではないんだなあ、って…。

その後、昔住んでいた家(の跡)を見て、空港へ。空港では甥(その2)と待ち合わせして、短い時間でしたが久しぶりに会いました。

朝、指宿を出てから、たくさんのところに寄って充実していた旅行でした、が、あまりにもたくさんのことを一度に体験!?したので、帰宅してもなんだかぼーーっとしてしまいました。
でも楽しかったのは確か。またがんばろう、という気持ちになりました、うん。

鹿児島旅行の思い出(2) 指宿

2008 年 9 月 13 日 土曜日



【2008/09/09】
一日目は鹿児島の東側(つまり大隅半島の東端)に泊まり、次の日は、大隅半島を横断して垂水から錦江湾をフェリーで薩摩半島に渡り、いっきに南下して指宿へ行きました。

車で移動しているので、途中思いつくままにいろいろなところに立ち寄りました。電車好きがそろっているから、駅に立ち寄って電車撮影というのもしばしば。(笑)
その他、学校めぐりも。「オリンピック選手の柴田亜衣さんの出身大学」や、鹿児島市内では某私立男子中高一貫校にわざわざ!?立ち寄ったりしました。
※Rのクラスメートとか先輩にこの学校の出身の方がいるらしくて、携帯で写真をとって「ここはどこでしょう?」などとメールしていましたが、なんて暇な趣味!(笑)

写真は指宿のホテルの部屋からみた山川港と開聞岳(かいもんだけ)です。
実は指宿に一度も行ったことがなく、初めて近くで開聞岳を見ました。
今回初めて、「砂蒸し温泉」も体験できました。
「熱い砂の中に埋められる」というのは、なんとも奇妙な感じです。でもあれは、じんわりと効いてきて体にいいかも。
熱くて10分もはいっていられないと聞いていましたが(時間帯によるのかもしれませんが)何分でもはいっていられるくらいでした。でも砂は重いですね。(笑)

今回の温泉で、ずいぶん○○肩がよくなったような気がします。やっぱりあたためるといいのかもしれません。
それにしても温泉って癒されますねー。
指宿のホテルの露天風呂は、まわりに香りのよい木々が植えられていてそれも気持ちがよかったです。


でも連日おいしいものを食べ過ぎて、かなりダイエットが必要な状態です。
そりゃそうですよねー、おかずも多いというのに、さらにご飯も「お代わり」をして食べていては…太らないワケがないっ!

鹿児島旅行の思い出(1) 志布志

2008 年 9 月 12 日 金曜日



【2008/09/08】
今回は、旅行というのか帰省というのか…。
最大の目的は、大学生になった孫を「見せる」こと。(見世物かいっ!:笑)
実家に立ち寄ったあと、両親といっしょに、車で1時間弱の海辺のリゾートホテル(温泉)に泊まりました。
※なにしろ、R自身が忙しくて、9月の学校の秋休みにやっと旅行のスケジュールを入れることができました。

写真は部屋からみた志布志湾とビロウ島。とても素敵な風景でした。
ホテルも平日だったからか、とてもすいていて、タラソの湯(海水の温泉)もゆったりと入れました。癒される~。
両親も上機嫌で、たくさん喋る喋る。
母も、Rに車椅子を押してもらうと、とてもうれしそうでした。(なんとか歩けるのですが移動は車椅子の方が楽なので)
これで数年間帰省しなかった埋め合わせができました。(←と、言っておこう)



ちなみに、鹿児島空港でレンタカー(もちろん若葉マークもサービスでつけてもらいました。)
を借りたので、私も5年ぶりくらいに運転をしてみましたが、なぜか、夫もRもかなり身構えているんですけどぉ?どーしてーー? というか、一番ガチガチだったのは私です。

途中、坂道の交差点で先頭にいて発進しようとしたら、オートマなのになぜだか車がバックしてしまいました。
アタマがパニックになってしまいましたが、ともかくブレーキを踏んでそれからアクセルを踏んだらなんとか前進。
気がついたら、後ろに何台も車がいたはずなのに、だれひとり私のあとについてきませんでした。(みんな曲がってしまったの?)
そりゃー後ろの車はこわかっただろうなあ!と家族から非難されてしまいました…。
でも私だってすごく怖かったのにっ!(:_;) 
やっぱり私には運転センスがありません。というか、運転は好きじゃないデス。

鹿児島旅行の思い出(0) 帰宅

2008 年 9 月 10 日 水曜日

本日ぎりぎり(23時くらい)で帰宅しました。
夕方まで鹿児島にいたんだなあ。でもたくさんのところをまわった、ものすごく充実した旅行でした。それだけにまだ帰宅したことが実感としてわきません。

今回はずっと何十年も行きたくて行きたくて、でも行けなかったところにもやっと行けました。
人間、感動すると、あーとかうーとか、言葉にならないようです。笑われたけど、言葉にならない、ってこんなことなのか。

ずっとずっと行きたくて、(いつでも行けると思っていたのに)でもチャンスが無くて行けませんでした。
私が一人暮らしを始めたあと、それに合わせるかのように実家が引っ越してしまったので、それ以来ということになります。ええっと私が18歳の時以来だから、計算すると…ちょっと恐ろしいのでパス。(笑)
だから実は何度か夢にみることもありました。

小学生から高校生のころまでの多感なころをすごした家は、当然ながらなくなっていて、しかもその土地は3軒分に分割されていました。それが、統一感なくごちゃごちゃに見えて(ごめんなさい。)少し悲しかった。
ここに、私は住んでいたのよ。引っ越してしまって、もう家はないけど。
でも思い出は思い出だったんだなあ。

自転車その後

2008 年 8 月 23 日 土曜日

夜の9時前にRが帰ってきました。
昨日、メールで自転車の後輪が曲がった、走行不能、ただし、怪我はない
というのを聞いて、心配していましたが、元気で帰宅して、ともかくほっとしました。

自転車は、明日、修理に出す予定。

それにしても、かなり大変だったようです。
とくに御殿場までの山越えで、体重が何キロが減ったくらいかなりきつかったそうです。
20日の日記では19時前に到着、って書きましたが、実際は
「御殿場市にはいっただけ(そこから先、まだまだアップダウンが続いた)」
だったとか。
そうか…思い出してみるとメールには確かに「御殿場にはいった」と書いてありましたが、着いたとは書いてなかったか。
本人いわく心配かけるといけない、と思ったらしく(うるさいし、って←何よ!)、19時前の段階でメールしたとか。
実際に宿に着いたのは21時ごろらしいです。

それにしても、山越えで、トレーラーに幅寄せされていやがらせをされて危険な思いをした、とか、きつかったとか、その上自転車でアクシデントがあったことを聞くと、もう自転車なんてやめてよ!!と思ってしまいます。
…が、次の旅行は、とか、言っているくらいなので、まだ続けるみたいです。(!)
本音としては、男の子の母親って、ずっとこんなにはらはらして過ごすんだろうか…熱が出そう、と思います。

とは言っても、大笑いするような話とか、いろいろあったようで、大変だったけれど、まーいろんなことを体験したようです。

自転車

2008 年 8 月 20 日 水曜日

近所のゆるやかな坂道ですら、自転車に乗ったまま登る、なんてことができない私にとって、長距離を自転車で走るなんて、どんなものなのか想像もつきません。
ツールドフランスに出る選手なんて、どんな化け物(ごめんなさい。ごめんなさい。)だろう、と思います。
ともかく自転車乗りの方に対しては「体力のある人」というイメージです。


大学の時、体重が40kgとちょっとしかなく、きゃしゃで(当時はっ!)、見るからに体力もなさそうな私が、誘われたのは、なぜだか「ワンダーフォーゲル部」と「自転車部」。
まあ、親しかった友人が単にその部に所属していた、だけなんですけど。(笑)
どちらも大変そうだな、と思いましたが、特に自転車はとてもとても絶対無理と思いました。
どちらかと言えばワンゲルならば自分の足で歩くからなんとかなるか、と。
(体育会の厳しいしごきを知らないまま入部、というのはある意味こわいもの知らずでしたが。:笑)


と言うことで自転車に関しては、まったくわかりません。
ここを自転車で走るのかあ、と地図を見ると、きついだろうなあ、と思います。でも、そのきつさの想像もつかない。

Rは、自転車で友人たちと今朝出発。本日の目的地の御殿場には、19時前に到着した、という連絡あり。それにしても、本日の行程の最後の山越えは大変だっただろうなあ。

旅行計画

2008 年 8 月 17 日 日曜日

9月にやっと(本当にやっと!という感じです。)、家族のスケジュールが合い、旅行に行く予定です。
旅行というよりも帰省。
両親が元気なうちに、大学生になったRを見せておかないと。
その前に帰省したのは、Rが中学2年の時なので、それ以来です。

実家に行くといっても、温泉に宿泊する予定です。
で、楽天で予約をしたのですが、その予約にものすごく手間取ってしまいました。
現地で2人分の宿泊だけを追加するとか、日にちによって宿泊地を変えるとか、そういうこまごましたオプションを指定するのがあんなに大変だなんて!
でも先ずはともかく宿を確保。まだキャンセル料と取られるまでには少しだけ時間があるので、それからゆっくり確認をしよう。

プチ東京観光(バス) 番外

2008 年 8 月 4 日 月曜日

ずいぶん久しぶりに東京駅に行ったので、駅前の丸ビルなどを初めて見ました。
って、実は…え?どのビルが丸ビルなの??とわかりませんでした。
そして、あれが丸ビル?なんで?
夫に「丸の内にあるから丸ビルって言うの」と言われて初めて

丸ビルと言っても丸くない

と初めて気がつきました。
だって大阪の丸ビルは丸いじゃないのーーー!!

これまでニュースでは丸い部分を写していなかっただけかと(笑)思っていましたが、なんだ、東京の丸ビルは四角いのか。
でも勘違いしていた人、今でも勘違いしている人、きっといますよね?ね?

プチ東京観光(バス) その1

2008 年 8 月 3 日 日曜日

夫が都営のチラシをみて見つけたのですが、本日「都営バス:定期観光路線バス(S-1系統)」というものに乗ってきました。

観光路線といっても「観光地を走る路線バス」ということで、料金なども普通のバスと変りません。
出発は東京駅(丸の内オアゾ前) 左画像
バスは新しくて(新しいバスの匂いっていいですね。)、乗っているだけでも観光気分でした。

料金も安いし、なにしろ東京駅から座ったまま乗り換え無しに、観光ルートをまわれるので、今後は「の東京観光ルート」になるかもしれません。
駅の階段を歩くとか乗り換えが不慣れなお年寄りにも最適です。実際、地元の方らしき年配の方が「電車に乗るよりも楽だから」利用している、というようなことを話していました。

早速、例のごとく「都営バス一日乗車券」を購入して、なるべく都営バスのみを利用することにしました。だって一日乗車券をフルに使いたいんだもーん。




以下の感じ(「」の停留所間は全てバス利用)

・東急大井町線等々力下車 
 都営バス「等々力駅前」→「東京駅」

・都営バス(S-1系統)「東京駅」→「両国」

・両国国技館などをまわったあと「両国」→「浅草」

・浅草浅草寺を経て、「池波正太郎記念館」へ 
 その後合羽橋を経て「菊屋橋」→「万世橋」

・”藪そば”でお蕎麦を食べ、秋葉原をちょっと歩き「万世橋」→「東京駅」→「等々力」

もっともっといろいろなところにまわりたかったのですが、ひとつひとつがおもしろくて1日ではそんなにまわりきれませんでした。
まあ、本日の収穫はなんと言っても、池波記念館に行ったこと、藪そばのお蕎麦を食べることができた、でしょうか。
それだけでも非常にまんぞくまんぞく(池波風)であります。



画像は、両国国技館前にいたお相撲さん。
音符模様のゆかたがあまりにも珍しいのでわざわざお願いして撮影させてもらいました。

ロードバイク

2008 年 6 月 27 日 金曜日

■近所の坂道を、結構速いスピードで登ってくるロードバイクの方とすれ違いました。

いわゆる立ち乗りでも私の場合登れない坂なのに!(私と比べるなって!?)
それでも息を切らしているわけでもなく、あまりにもフツーに乗っていたので、思わず電動自転車ではないか?車体を確かめてしまいました。(笑)



■(あとまわしにしていた)苦手な仕事に、さあ!やるかー!と取り掛かろうとすると、急に「空腹感が増す」のは私だけですか?

食べることに逃避しようとするサインなのか!?(笑)

本日の言葉

2008 年 5 月 21 日 水曜日

先日、雨の中を自転車で走ったとかで、その後、Rは丁寧に自転車を拭いたものの、大事な自転車をそのまま湿気の多い外に置きたくなかったらしく(ふだんは玄関の脇、門扉の中に置いてある)
わ ざ わ ざ 自 分 の 部 屋 に
自転車を持ち込んでおりました。
(床には新聞紙を敷いてはいましたが)


もともと鼻がいい、というか、匂い(臭い)には敏感な私ですが、ここのところ、どうも変なにおいがするなあ、と気になっていました。
ちりとてちんの和久井映見さんじゃないけど、くんくん…していたら、原因発見!
自転車の臭い(グリスだか油だかよくわからない)でした。
最初は、本人に自転車を移動させよう、と臭いを我慢していたのですが、我慢できなくなって、あの大きな自転車を移動するはめに…。
(軽いのですが、大きいので体が小さい私には大変!)
なんで私がこんな思いをしなくちゃならないのよ!と憤慨しながら動かしました。

(本日の言葉)自転車は外に置け!

ロマンスカーに乗れない箱根旅行なんて

2008 年 4 月 29 日 火曜日

連休に1泊程度でいいから温泉にでも行こう!と思いたちました。必死になって探してやっと箱根の宿を予約できたのですが、あこがれのロマンスカーの切符が全然取れないことに気がつきました。

箱根に行くなら、やっぱりVSEかマティスブルーのMSEに乗れなきゃ意味無いではないですか!!

もちろん新幹線(こだま)でも小田原まで行けないこともないですが、新横浜から一駅しか乗れない、あっという間に着いてしまう、これって電車の旅と言えるのか?
という重大な問題につきあたりました。(笑)

それに土日を使えばいつでも行ける箱根に、わざわざ混んでいる連休に出かけるのもなあ…ということで、やっぱり宿はキャンセルしました。
大江戸温泉物語で我慢しようかな?(ってここも激混みだろうか?)

山男は山に還ったのかな…

2008 年 4 月 28 日 月曜日

山岳スキーヤーの新井裕己さんの訃報
先ほどこのニュースを知りました。とても残念。山男は山に還ったのかな………。

初めて新井裕己さんという名前知ったころの自分の日記(2002/04/17,18)を読み返してみる。
スキーヤーとしてだけでなくロッククライミングも(講習会の講師としてよくお名前を拝見しました。)すばらしい技術を持った方でした。

自転車

2008 年 3 月 23 日 日曜日

Rが自転車が欲しいというので、新宿の「y’s road」へ。
本人は、既にお店で心に決めた!?自転車があったのですが、夫と共有にする(つまり半分出資してもらう:笑)ために、夫を連れていった次第。
それにしても自転車って本当にいろいろな種類があるんですね~。
自転車人口も多いのかも。
オプションをつけたり、ヘルメットを買ったりして、Rは新宿から我が家まで(本日購入した)自転車で帰りました。
自転車で走るのは気持ちよかったのだけど、青山通りの排ガスがすごくて大変だったそうです。


ちなみにオプションを装着してもらっている間に、Rに「新宿を案内」してもらう。
お昼は「麺通団」で食べました。もちろんうどんといわしの天ぷらね。ここを参照(^_-)
麺にコシがあっておいしかったです。しかも腹持ちのよいこと!
汁は出汁がきいてておいしいのですが、個人的にはもう少し塩気を減らしてもいいかなと思いました。でもかなり人気のゆえんはやっぱり「おいしさ」にあるのでしょう。
Rが受験前に通いつめただけあって、店長さんと親しげに話しをしてました。これからも多分ちょくちょく食べに行くのだろうな。(笑)


それから、こちらも一度行ってみたかった「ジュンク堂」へ。うわさどおり充実していました。
※淳久堂だからジュンク堂って言うんですね。知らなかった。

それにしても、専門分野の本の中にも「まんがで読む○○」というような類のものがたくさん出ているのですね。びっくりしました。個人的にはかなり違和感があるのですけど。


でも理系漫画で有名な方もいらっしゃいますよね。
子供の科学で描いていらした「はやのんさん」とか。

スーツとか自転車とか

2008 年 3 月 16 日 日曜日

本日Rは部活がお休み。
3月中でふるふる1日中お休みなのは、本日と、あと月末の何日か(これも予定で埋まりそうな気配)らしいので、あわただしく過ごしました。
先ず、朝一番に夫とRで散髪屋さんへ。
その後、首都高で大宮へ。お墓参り。
午後には戻り、スーツを購入。来週末には塾の祝賀会があるのでどうしても本日でなくちゃ、間に合わない。(お直しがあるので)
最近の若い子のスーツというのは細身でぴったりとするタイプなんですね。
スーツそのものは、いろいろと試着して結構すんなりと決まったものの、お直しとのための採寸とか、ワイシャツやネクタイを併せて買ったりとか、会員申込みとかで意外にも時間が取られる。

夕方になって暗くなってしまったけれど、今度は自転車屋?さんへ。今まで乗っていた自転車は小学校6年生の時に買ったものなので、さすがに新しくサイクリングにも使える自転車が欲しいらしい。
でも自転車って、いろいろありすぎ。タイヤがものすごく細いのやら、頑丈のやら。しかも値段が高いのはものすごく高い。サイクリングにはいいかもしれないけど、近所のお店に行くのにも使うのに、どの程度のものがいいのか、私にはさっぱりワカリマセン。
ともかく、本人は、本日下見のようす。

ということで、疲れ果てたハードな一日でした。

おもしろそうな自転車ツアー

2006 年 8 月 30 日 水曜日

いろいろとおもしろい企画がたくさんある旅行社。
以前にちょっと興味のあるツアーの資料請求をしたことがあります。

若かったらツアーなんか使わないかな、と思いつつ、個人ではなかなか行きにくい場所や、体験しにくいものが多いので、こういうツアーを利用するのも楽しいかもしれません。….というか、国内の温泉旅行だってなかなか行けないので、脳内妄想ですけど。
もしも私が、乗馬ができたらこういうのに参加してみたい。小学校の教科書に載っていた「スーホーの白い馬」を思い出すなあ。


簡単に参加できる企画もあるようです。
カルチャークラブ、つまり「講座」も含まれているからでしょうか、ちょっと割高かなあ、と感じたりもしますが…。
で、ちょっと興味があるのは
自転車で東京散歩 -深夜編-
夜の街を走るっていうのは、普通はなかなかできないけれど、ツアーならいいかも。(参加費がちょっと高い)
「解散後に、築地で朝食を食べる」というフレーズに、惹かれているだけか!?(笑)

と、その前に、自転車に乗る体力をつけなくちゃ、だめかも。

大宮へ

2006 年 8 月 26 日 土曜日

本日お墓参りに行ってきました。
首都高は、なぜだか激混み。夏休み最後の土日だからでしょうか??
行きは東北道経由でしたが、帰りはさいたま新都心方面へ。

そこで埼玉新都心線が開通しているのに気がつきました。(8月4日に開通したようです。)

最初はよくわからなかったので「新都心出入り口」から終点の「さいたま見沼出入り口」方面に乗ってしまって、短く、しかもなんのメリットもない走行「だけ」に400円も払うはめになってしまいました。(ぐやじー)
でも、懲りずに(笑)、引き返しあらためて見沼の入口からはいって、都心へ向かいました。

入口をはいってすぐは、見沼の田園風景(左写真)が広がっていましたが、さいたま新都心のあたりはずっと地下道を通るようになっていました。
まだ車も少ないし、5号線までのアクセスがかなり便利ですね。
…でも、終点がなんだか中途半端な気がします。東北道へ繋がればもっと便利になる気がします…。

スノーシュー

2006 年 5 月 8 日 月曜日

(昨日から引き続き)
5月5日朝は、高峯山までハイキングに行きました。

残雪があるのでスノーシュー(西洋かんじき)を借りましたが、「かんじき」なので雪に足がもぐらないし、底には金属製の滑り止めがついているので滑らない、つまりふんばりが効くので非常に登り易い、というすぐれものです。

こんなにラクに雪山が登れる(歩ける)なんて、道具の進化は本当にありがたいです・・・。もちろん、それでもヘトヘトになりましたけど。
(体力、なくなっちゃったなあ。)


(高峰温泉では、トレッキングシューズもスノーシューもすべて無料で貸し出してくれます。しかも足サイズ豊富)

ちなみにスノーシューは登りはいいのですが、下りはすべり止めが邪魔をして(笑)、滑ることができないのが残念でした。でも気持ちはついつい滑りたくなっちゃいますよねえ。スノーシューが、ボタンひとつでミニスキーになるといいのにな。

下山して高峰温泉に戻ると、おいしい手打ち蕎麦が待っていました。(事前に予約をしていた) 
それから、またまた(最後までしつこく)温泉に入って、高峰温泉をあとにしました。

高峰温泉

2006 年 5 月 7 日 日曜日

(昨日から引き続き)
宿泊したのは、「高峰温泉」でした。
人それぞれ「どんなサービスがうれしいか」というのは違うでしょうけれど、この宿のいろいろなサービスは本当に私にとって「ツボ」でした。
※部屋が豪華でバストイレ付きじゃなちゃダメ、とか、お食事は自分のお部屋でなくちゃイヤだ、という方には向いていません。(笑)

食事もとてもおいしかったです。
各テーブルに「手書き」のお品書きが置かれていました。(左写真下)
地元の野菜や魚を使ったお料理っていうのは、本当にうれしくなります。山の宿で、例えばマグロのお刺身とかイセエビとか出たらどんなに豪華でもがっかりするもの…。
それぞれにとてもおいしくて、おかげで、ご飯をお代わりしてしまいました。
ダイエットは?…少し忘れよう。^_^;


リビングのようなところ(ティールーム)は正面がガラス張りになっていて、外に庭の餌場が眺められるようになっていて野鳥や、リスが餌を食べているのが間近で見えました。
もちろん双眼鏡も複数台ちゃんと用意されていました。
(そういう気配りが、好きなんですぅ~)

たまたま広島からいらっしゃったという家族の方と仲良くさせて頂きましたが、なんでも宿泊回数が14回目だか18回目(よく覚えてない。)だとおっしゃっていました。それだけ、常連の方も多いのでしょう。
確かに、居心地がよい宿でした。
今度は雪の季節に行きたいなあ。宿から雪上車で迎えに来てくれるんですって!


夜は、スタッフの方が2名ついてくださって星の観望会がありました。口径が大きい望遠鏡だなとは思ったのですが、宿のページの説明によると
『大型の天体双眼鏡3台、口径40cmのシュミットカセグレン1台』
らしいです。(よくワカリマセンけど立派そう。)
恥ずかしながら「生の星」(と言うか?)を見たのは初めてでした。月の表面はさることながら、スピカってあんなに青いのか、とか火星は本当にオレンジ色をしてるぅ、とか、木星の4つの衛星が見える!とか…。
なによりなにより「リングも本体も鮮明な土星」を見た時、

覗いたレンズに土星のシールが

貼っているだけなんじゃないの?
(←お馬鹿?)

と疑ったほどです。自分の目で見る、というのは、なんて感動的なんでしょう!
残念ながら「シュワスマン・ワハマン彗星」は、ぼおっとしか見えませんでした。(月が明るすぎるせいもあるらしい)

スタッフの方のお話では「天文についてかなり詳しい」「ものすごい機器を持参してくる」方が泊まりにいらっしゃるそうです。(笑)
「天文好きで温泉好き」な方には、うってつけの宿なのかも。というより、ご存知の方も多いのかもしれません。
ちなみに廊下に張っていたカレンダーは「ビクセン」のものでしたし、星ナビとかの天文雑誌もたくさんありました。
きっとここのアルバイトスタッフはどこかの大学の天文部ではないかと密かに妄想。(笑)

いろいろ教えて頂きながら星を観察したあと、宿に戻ると、暖炉の横のテーブルのところに、どうぞご自由にお召し上がりください、と夜食(写真右)が用意されていました。
割り箸にご飯が固められてもの、ですが、それを暖炉であぶって、用意されたお味噌につけて、もう一度軽く焼くと、香ばしくてとってもおいしいのです。
ちいさな囲炉裏の鉄瓶には「そば茶」も用意されていて(これも自由に何杯でも飲める)、本当に身も心も胃袋も満たされました。
ねえ、素敵でしょう?ささやかな気遣いが、とってもうれしい。

アプトの道

2006 年 5 月 6 日 土曜日

今回は、浅間山の西側に位置する高峰温泉に泊まってきました。
「標高2000m、雲上のランプの宿」は、本当に心地よい、居心地のよい宿でした。たまたまネットで見つけて(だめもとで)電話をかけたらキャンセルが出たとのことで、泊まることができました。
宿について詳しくはまた、後で。

5月4日は朝ずいぶんと早く出発したので渋滞も無く、9時前には「横川駅」に着きました。横川駅の前を散策した後、アプトの道へ。

横川駅から先の旧信越本線は廃線になってしまいましたが、横川から途中の碓氷第三橋梁までの約5キロが「アプトの道」として遊歩道になっているのです。

昔、線路だった後を歩くというは不思議な感じです。横川駅からの5つ目のトンネル(写真左)を出ると、碓氷第三橋梁(めがね橋)の上です。(写真左・下)

レンガで固めたトンネルや橋は本当に趣きがあります。
敷設作業をした方は大変な苦労をしたのでしょう。
後から資料館で見たのですが、アプト式(碓氷峠の急坂を登るために、歯車を使って登る方式)の工事で500人もの方が亡くなったとありました。
そんな歴史のある鉄道を廃線にしてしまうなんて、本当にもったいないなあ、って思います。
まあ、そのおかげで今回私たちは貴重な体験ができたわけですけれど。

その後、横川駅まで戻り、駅前の「碓氷峠鉄道文化むら」へ。

園内はそれほど広いワケではないのですが、ひじょーーーに中身の濃いところでした。電車好き(乗るというより電車そのものが好き)な子供には絶対お勧めです!
鉄分濃度がちょっぴり高いタイプの大人にも。

我が家は最初はみんなで(い・ち・お・う)いっしょに眺めていたのですけど、3人のそれぞれ「興味の対象」がばらばらで、しかもそれぞれが夢中になってしまっているものですから(笑)、携帯電話で何度かお互いに「今どこ?」と連絡を取り合う始末。
携帯を持っていなかったら迷子になるところだったわ!園内、それほど広くもないというのに。


なにしろ、(昔実際に使われていた)たくさんの車両が展示されていて、運転席にはいることができるのです。
特急の運転席はこんなにも高い位置にあるのか、とか、ワイパーはこんな風になっているのか、とか、機関車の運転席は古いながらもてかっこいいなあ、とか、興味は尽きません。
ちゃんと私も、子供達に混じって、順番を待ちましたわよ。運転席に実際に座りたいんだもん。

B寝台(3段)もありました。実際にベッドの部分を(折り曲げて)座席にしてみたりもしました。(はしごは取り外されていましたが)
寝台車のベッドの収納作業って、作業員の方が、朝、ものすごい速さで作業してあっという間にベッドが、座席になるんですよね。懐かしい。


資料館も、アプト式の資料がたくさんあって、なかなかおもしろいでした。おかげで、随分長い間、ここで時間を取ってしまいました。


そうそう、3万円払えば(講習と試験もあるそうですが)「EF63形電気機関車の運転体験」ができるそうですよ。
実際に、運転しているのをみました。(写真右、一番下)
カメラを向けたら、うれしそうに得意そうに汽笛を鳴らしてくれました。

2006 年 5 月 5 日 金曜日

連休はどこへも出かけない(出かけられない)と思っていたのに、運良く宿が取れたので、温泉に出かけました。

おかげさまで、休みの間、仕事のことをいっさい忘れて本当にのんびりできました。

詳しくは後日。今はただ、眠たいです。

プチドライブ

2006 年 4 月 23 日 日曜日

久しぶりにほんの少しだけ(キモチの)余裕がある日曜日だったので、プチドライブに出かけました。

写真は中央道の談合坂サービスエリアのトイレの中での表示。
最近のトイレは「使用中(オレンジ)」「空き(青)」の表示が出て、分かりやすいんですね。
※目の悪い方には少し識別がしにくい色合いかもしれない。

本当は、中央道を走って、どこかでお蕎麦でも食べて帰ってくる予定だったのですが、どうも車の調子が悪い。
なんだか気になるので、大月から富士五湖方面へ向かって谷村PAでもう一度チェックすることにしました。

ところで、以前は、中央道の大月JCTでの、河口湖・山中湖方面と長野方面への分岐は、ぎりぎりまで(間違っても)変更可能でしたよね。
本日通ったら、トンネルの手前で分岐があって、そこで間違うと、河口湖・山中湖方面←→長野方面の変更がきかないような仕組みになっていました。
(大月JCTから河口湖・山中湖方面へ向かうなんて随分と久しぶりだったので、これまで気がつかなかっただけかもしれません。)

都留のあたりは、山の斜面に桜が満開でした。そめいよしのとは違う種類じゃないか?という話になりましたが、どうなんでしょう?桜のピンク色が、少し薄いような気もしました。

谷村PAでチェックしてみると、車はそれほど緊急を要するような調子の悪さではなかったのですが、それでもなるべくはやく帰ろう、ということになりました。ということで、そのまま河口湖方面へ。
途中「富士急ハイランド」が見えて「非常に行きたい誘惑」にかられましたけど我慢我慢。FUJIYAMAもドドンパもきっといつか乗るからね、待っててくれぇ。

東富士五湖道路を抜け、御殿場へ。
なんだかそのまま東名に乗るのは、くやしい?ので、御殿場アウトレットへ、話のタネに行ってみようかということになりました。

えっと………..感想ですか…。あのそのー。
もともとブランドに詳しい方なら「お買い得感」がわかるのかもしれません。
でも、そういうのに疎いと、うーん、なんじゃこれ?なんでこんなのがこの値段なの?もしかしてこれでも安いの?とか。
若者向けのお店も見たのですけど、へにゃへにゃの生地とか(もしかしてそういうのがハヤリなのか?)
スポーツブランドのショップなら、いいのがあるかも、とも思ったのですが、ほとんどジャージみたいなのばっかりで(ゴメンナサイ。そう見えたの)一体このお店はどんな人を対象にしているんだろうか?と思ったりもしました。
やっぱり私にゃ、向いていませんでした。まあ、たぶんそうだろうと予測はしておりましたが。
それでもL.L.BEANというお店は比較的好みのものが揃っていたので、R用にジャケットなどを購入。店員さんの感じもよかったな。

そうそう、フードコートに行く途中の左側に「御殿場の観光案内のようなもの」をしている小さな部屋があるのですが、そこで売られていた「ささみスモーク」を買ってきました。
「たまご拾い牧場」の工場で作られているものらしいですが、1パックなんと300円!でした。
パックはそれぞれ内容量が170g~でマチマチだったのですが全部300円でした。
「グラム数が違っても同じ値段でよろしいんですか?」と聞いたら
「ああ、これ、それぞれ同一内容量に選別する方が大変なんで、(内容量が違っても)同じ値段にしているんですよー。」
といかにも人の良さそうなおじさんが答えてくれました。
主婦ですから、もっちろん、一番内容量の多いものを選びましたワ。^_^;
洋服より、こういう買い物ができたことの方が、うれしいかも。

岳人と山渓と稜と

2006 年 1 月 22 日 日曜日

山仲間宛へ届いたSさんのメールから

本屋さんで珍しく岳人を手にとって見ていたら比較的後ろの方に「岩場での体のこなし方」とか「鎖場のこなし方」なる大きな写真入りのページがありました。
この岩場は、去年の秋に行った乾徳山のハイキングコースの写真でした。乾徳山にマルチピッチが楽しめる岩場があるということで
偵察がてらハイキングに行ったのですが・・・

それにしても、その昔先端クライマーをリードした雑誌のページに
「鎖場のこなし方」なんてタイトルが出るなんてトホホ

これ、ウケました。わかります~。
「山と渓谷」(通称:山渓)と言えば、記事によっては体育会ワンゲル部でもちょっと高度なくらいの内容の山関係の雑誌でした。まあ、そこがあこがれでもあったのだけど。
そして「岳人」というと、もう本屋で立ち読みするのでも一応周りを確認してからでないとできないくらいの崇高な気持ちになる(笑)雑誌でしたもん。
でもいつごろからだったか、山渓が「ピクニックとかトレッキング系の雑誌」に、そして岳人が昔の山渓で扱っていた内容に移行していきました。いや…だからなんなんだ?って言われても困るのだけど。でもちょっと寂しかったりするワケです。


ちなみに「稜(ryo)」は、山の稜線へのあこがれからでした。
そして、もしも、もうひとり産むことができたら、「渓谷」から「渓(kei)」と、つけたかった。かないませんでしたけど。

スキー(志賀高原)

2006 年 1 月 8 日 日曜日

■志賀高原あれこれ(思い出したこと)
そういえば、発哺ブナ平のリフトだったと思うのですが、リフトで登っていく脇の木にたくさんの、「おおきなふかふかした実」が「たわわ」に成っていました………と思って、よく見ると、実は猿の集団が休んでいたのでした。(笑)

渋峠のリフトだったか、いざリフトに乗ろうと立っている時に夫が割り込んできて(ぷんぷん)、その勢いで体勢がくずれてしまいました。すぐに立ち上がったのですけど、リフトのバイトのお兄さんが気を遣ったのか、一瞬だけ(←強調)リフトを止めてくれました。
(きゃーなんてことでしょ。リフトを止めるなんて!体育会系合宿だったら、先輩からオソロシイお叱りを受けるところですよねえ…)

でも動き出したリフトに座ったら後ろの方で、バイトのお兄さんが叱られている声が…。

「だから言ったじゃないか。初心者とか

こどもには気をつけろって!

いえね、リフトを止めちゃったから、なんとも言えませんけどね。こどもってところに、なーんかひっかかる。(笑)

スキー(志賀高原)

2006 年 1 月 4 日 水曜日

■スキーのゴンドラに乗っていてふと不思議に思ったのは、右側通行(登る方が右、くだりが左)のゴンドラだったことです。
なにげなくゴンドラやリフトに乗っていたのであまり気にもしていませんでしたが、なんとなく「左側通行」のみだと思い込んでおりました。
でも、右側通行も左側通行もどちらもあるのですね。

たまたま右側通行だ、と気がついたゴンドラが「スイス製」だったので「やっぱり海外モノだからじゃない?」
(じゃあ、英国製だったらどーなのよ!という突っ込みは無しで:笑)
でも、確か奥志賀の東急車輛製のゴンドラも右側通行だったので、そうとも言えない、という結論になりました。

あの右側通行とか左側通行とか、なにか基準があるのでしょうか。
立地とは思えないし、単に「ばらばら」とか「適当」なだけ?かしらん。(笑) ……….まさか!?

スキー(志賀高原)

2006 年 1 月 3 日 火曜日

■2日深夜(3日早朝というのか)帰宅。
帰宅したら、メールの山と、仕事の対応で追われる。
はぁああ、夢のような旅行はあっという間に過ぎ去って、現実が待っていました。

でも、仕事をがんばったから、楽しいスキーや旅行ができるのですよね。
次回のスキーのためにまたがんばろう。
・・・とは言っても次回はいつになるのだろうか。
Rももう親といっしょに行ってくれないかもしれないしなあ。
今回も実は、学校のスキー教室に行きたいと言っていたのを、
「お正月、家族でスキーをする。その代わり学校のスキー教室はいかない。(2つもスキーを行かせるほど余裕は無い)」
「学校のスキー教室に行く。ただし、その場合は、お正月はひとりで留守番」
という究極の(!?)二択だったのでした。

今後は、豪華スキーを企画して「お金は負担するからいっしょに行かない?」と誘うしかないかも。
「お友達と行くなら自分のお小遣いで行きなさいよ。」って。(笑)

スキー(志賀高原)

2006 年 1 月 2 日 月曜日

最終日は、ゆっくりと寺小屋のゲレンデで滑る予定が、滑っているうちまた「いろいろ行ってみよう。」ということで、結局、最終的には一の瀬ゲレンデを経て焼額山ゲレンデまで行きました。

スキー2日目に焼額山と奥志賀のゲレンデで過ごしたのですが、一番印象が良かったからかもしれません。最終日の「締め」も焼額山で。
今回のスキーでは、志賀高原のほぼ全部のゲレンデを回った気もします。
ゲレンデも広いし、たくさんのバリエーションがあるし、なにしろ雪質がいいし、本当に志賀高原はいいですねえ。
特に奥志賀はボーダー禁止なので、本当にまったりゆっくりとスキーを楽しむことができました。


実は、初日、ゲレンデの端っこで、少し止まって休んでいたら、ボードの人に(止まりきれなかったのか)激突されてしまいました。あまりの痛さにしばらくうずくまって動けないくらいでした。
激突した本人とその連れの人が、かなり心配して「大丈夫ですか?大丈夫ですか?」って言ってくれたのですが。
でも大丈夫じゃないとき、なんてこたえればいいの?(笑)

立ちあがろうとしても、めまいがしてふらつく状態だったのですが、あまりにも心配そうな顔をするものだから、なんだか却って悪い(いやん。小心者のわたし!)かな、なんて感じてしまい、なんとか、体制をたてなおすと「大丈夫ですから…」と逃げるように滑り去ったのでした。
でもねえ、あとからよくみると、ゴーグルはヒビがはいっちゃっているし、目の脇が8mmか9mmが切れていて、そのあと、顔の右半分がずっと腫れてしまいました。ゴーグルがなかったら、もっとひどい傷になっていたんだろうなあ。

とは言うものの、全体的に志賀高原のボーダーって、うまい人が多い気がしました。でも、やっぱりスキーと違って「次の動き」が予測できないから、怖いです。

スキー(志賀高原)

2006 年 1 月 1 日 日曜日

あけましておめでとうございます。
昨日の、ゴンドラで山頂へいっきにあがり山ろくまでいっきに滑るという(しかも何回も!)、いじきたない(笑)スキーはからだにこたえますね。
本日は以前からあこがれだった横手山頂上をめざしました。
日本でいちばん高いところにある焼きたてパン屋さんにどうしても行きたかったのです。
何回か志賀高原にはきたことがあるのですが、やっぱり横手は遠くていつもいけませんでした。
今回、山頂の「雲の上のレストラン」であこがれの焼たてパンとボルシチと、きのこ雲のセット(ホワイトクリームにパンのようなものがのっているもの)の料理をみんなで食べました。うーん満足じゃ。
ロシアンティも本当においしかった!
ということで本日は、横手山周辺で一日すごしました。
ああ、スキーも明日までだー。はやいものです。

体は痛いけれど楽しく過ごしています。

そうそう、横手山山頂付近からの、眺めは最高でした。
あとから地図でたしかめなくてははっきりとはわからないけれど
北アルプスなのかな、とってもステキでした。

それでは、また~

スキー(志賀高原)

2005 年 12 月 31 日 土曜日

からだじゅうが痛い。
昨日もそうでしたが朝一番から夕方最終まで滑る、本当に「お金持ちスキー」とは対極にある過ごし方をしています。ホテルに帰ってきたのも最後でした。

うまくないのですが楽しんでいます。ゴンドラは効率がいいですね。
気持ちよいです。スキーで滑ると雪がきゅきゅとなって、本当にいいかんじ。
きょうで今年も最後なんですねえ。実感がないけれど。
今年一年、お世話になりましてありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いします。

今晩は年越しの花火もあるようですが、たぶん寝てしまうと思います。(笑)

スキー(志賀高原)

2005 年 12 月 30 日 金曜日

いまスキー場からです。ホテルにインターネットができる環境があるので。(今回マシンを持っていかなかったのでした)

久しぶりのスキーは、ぜんぜーーん下手でした。(泣)
だめだわ。だけど少しずつ慣れてはきましたが。

でも志賀高原はそれほど混んでいないしなによりもマナーがいいような気がします。明日は少しうまくなれるだろうか。
本日はほとんど寝ていない状態で夜中、高速を走ってきたので、今晩ははやめに寝ます。明日は筋肉痛で動けなくなりそうですが。
でもやっぱりスキーは楽しいですね。

奄美大島(6)

2005 年 12 月 27 日 火曜日

■奄美大島旅行の思い出
私のかすかな記憶で、ぽつんぽつんと覚えている風景の中で、実際今回行ってみて変わっていなかったのは、桟橋の風景。隣にりっぱな大型客船用の桟橋が新しくできていたので、その場所だけひっそりとしていましたが。


幼いころのある日、補助輪付きの自転車(と思う)を家の前で乗るのに飽きてしまった私は、桟橋まで連れて行ってとねだったのでした。
当時、家には働いている人たちが何人かいたのですが、父か誰かが頼んだのか、一番若い見習のおにいさんが私の自転車練習につきあってくれることになりました。(たぶん仕事中だったと思うのに…)

昼間の桟橋は、広々としたコンクリートの広場のようでした。
気持ちよく自転車で行ったり来たりしているうちに、ふっと
「このまま海を飛び越してみたらおもしろいだろうな。」
なんて思った私は、スピードを出したまま桟橋から海へ自転車ごとジャンプしたのでした。
「空を飛べるかも」なんて、一瞬思ったのかもしれません。

引潮だったのと、投げ出されたところが運良くテトラポットのあるところだったこと、着地の際にタイヤがクッションになったことが幸いしたのか、怪我ひとつしませんでした。
でも、慌てたのは、そのお兄さんで、ものすごい勢いで助けに飛び込んできました。
慌てたために足に大きな傷を負って血がたくさん出ていたこと、そして「大変なことをさせてしまった。」と思ったのでしょう、怖い暗いお兄さんの横顔を今でも思い出します。

家につくなり私のせいで怒られたらいけないと
「私が間違って海に落ちたらおにいさんが助けてくれた」「おにいさんが怪我をしながら助けれくれた」と幼いながらまくしたてたのを覚えています。


今回、その「現場」の横を車で通り過ぎた時に両親に「自転車で落ちたこと覚えている?」と聞いたら
「あぁ(ったく、無謀な子だったのよね!というようなニュアンスで)」笑われました。

当時の記憶は、飛んだ!?前後だけが鮮明に残っていて、そのあとはまったく思い出せません。その後、例のおにいさんはどうなったのかと聞いたところ「あの○○(君)だったねえ。たぶん何も(怒られたりは)なかったと思うけど。」とのことで少しほっとしました。

それにしても、こういう「現場」に何十年かぶりに行ってみると、懐かしいのと同時に、ちょっと恥ずかしいやら、少し胸がチクチクしてしまいます。
どうしてあの時海を飛びたいって思ったのかよくわからない。と言いながら実は、少しキモチがわかるような気もする。(いったいどっちなんだ!?:笑)
きっとそのまま魔法使いみたいに飛べると思ったのかもしれません…。

奄美大島(5)

2005 年 12 月 8 日 木曜日

■奄美大島の思い出話
(先月の旅行の話をぽつんぽつんと)

写真(左)は「珊瑚の死骸」です。
海辺を歩けば、そこらじゅうに落ちていますので記念に拾ってきました。海沿いにあるレストランでは「箸置き」として使われていましたが、なかなかおしゃれですね。

旅行初日にお墓参りに連れられていったのですが、お墓が並んでいる小道に一面にこれが敷き詰められておりました。
その時はまだ「珊瑚」だということを知らなかったので、一歩踏み出して気がついたあと悲鳴とともに飛び上がってしまいました。
(………だってだって、墓地でこんなものがあったら「骨」と勘違いしません?)^_^;

きっと水はけがよくなるから、こういうのを敷き詰めているのでしょうか。白い小石と同じ感覚なのかも。奄美大島「ならでは」のことでした。
それにしても、感心したのは、観光地に行ってもほとんどゴミが落ちていないってことです。当たり前のことかもしれませんけれど。
意識が高いのでしょうか、住民の方も訪れる観光客も。
少しうれしい発見!?でした。





時代はSEOならぬSBO?
近藤さんの12月7日の記事。なんとなくその流れを感じる、きょうこのごろです。

「商用のサイトをいかにして注目してもらうか?」
関係者なら誰もが思い悩むところかも。
というか、はてなでもSBOを目的として「(有料の)ビジネスサービス」があったらいいのになあ、とも思います。Web系自営とか、新規参入のWebshopとかの「意欲あるちいさな商用サイト」がもっと元気になれるかもしれない。

いかがでしょうか?近藤さん (←って、知り合いでもなんでもないのに慣れなれしいですね。< 私)

え?その前に「はてなブックマーク」を使いこなせ!って?
………..えー正直なところイマイチ、個人的に使いこなせておりません。(笑)

ETC初体験

2005 年 11 月 29 日 火曜日

なにを今更!と言われそうですが、先日、羽田からの帰りの首都高でETCゲートを初めてくぐりました。
※我が家の車には以前からETCがついていたけれど、私は未体験(というのか?)だったので。
感想は?と言うと「本当にゲートが開くか、通過するまでなんだか怖い」です。センスする場所をかなり手前にして(通過直前ではなくて)センスしたら事前にゲートが開くようにしたらいいのに。
私が運転していたら、怖くて一時停止しそう。(←ETCの意味がないじゃん!)

奄美大島へ(4)

2005 年 11 月 26 日 土曜日

写真は、東シナ海に沈む夕陽。
黄砂のようなものが飛んでいるらしく、かすんでいました。

夜11時前に帰宅。
いろいろ書きたいことがあるけれど。
たくさんの風景をみてたくさん喋ったな。

でも疲れました。(笑)

奄美大島へ(3)

2005 年 11 月 25 日 金曜日




「どこへ行きたい?」と言われてもほとんど記憶が断片的にしか残っていないなかで幼稚園にだけは行ってみたいと思っていました。

○○年ぶりの(←こわくて考えたくないほどの年数だ~)幼稚園は、建物がりっぱになっていました。
でも雰囲気はそのときのまま。
制服は私の時代は、ブレザーにスカート(ズボン)、ベレー帽、かばんは籐のバスケットでしたが、いまはブレザーのかわりに紺色のカーディガン、バスケットの代わりにリュックになっていました。ベレー帽とスカートのデザインは変わっていなかったけど。
シスターは見えませんでしたが、中にいらっしゃったのでしょうか。そして道路向かいの教会もりっぱになっていました。

母の友人宅へ行くときのつきそいでついていくと、必ず茶受けとして出されるのが、独特の味噌でした。家庭家庭によって、それに肉をいれたり、魚をいれたりするのですが、味も違います。母の友人たちは「さあ、レシピを書いていきなさい。」って言うので、おかげさまで、何種類課のレシピをゲット!?しました。この味噌は、お茶のお供として頂いてもおいしいし、それこそゴーヤとまぜてもおいしいし、おにぎりの具にしてもおいしそうです。

観光はほとんどせず「食べて喋って」の日々。へんてこな旅ですねー。

奄美大島へ(2)

2005 年 11 月 24 日 木曜日

今朝、羽田から飛び立ったことが信じられないくらい、いろいろなことがあって、濃い一日でした。かすかな記憶の断片が繋がったりして。少なくとも自分のイメージしていたサイズが「縮小されて目の前に現れる現実」に不思議な気持ちになります。
なにしろ、小さな女の子の視線で見ていた世界は、小さな道路でもやたら大きく感じていた訳ですから。
両親の知り合いの方のお話は本当におもしろい。戦後まもないころのたくさんのエピソードは本が作れそうなくらいです。でも、途中さっぱりわからない言葉も。じっと耳を澄まして観察していろいろと想像しながら聞いてはいるのですけれどこちらの方同士が喋ると、どれが名詞なのか助詞なのか、どこで区切っているのかすらもわからない。すごくおもしろいことを言っているんだろうと思うと、もったいないくらいです。
やっぱり南国なのかな、地域性なのか、テンションが高い気がします。

「色がすごく白くて、おとなしい女の子だったのに」と私の本当に幼いころを知っている方たちに「過去形」で言われるのがなんだかな。それにしても私のことを「ろり」と呼ぶのは父だけかと思っていたのに。(笑)

おいしい食べ物がたくさんあって太って帰ることになりそうでこわいです。
ウニ丼もご馳走になりましたが、地元の方は「小さいころから食べ飽きているから」
あまり食べたくないそうです。しろひげウニ、という種類だそうですが、私たちがふだん
食べているウニ(種類がよくわからない。馬糞ウニって言うんでしたっけ?帰ってから調べないとよくわらからない。)は、こちらでは「肥料にするもの」なんですって。ひゃー

退院した母は、おもったより元気でした。本人は口元に麻痺が残っていることを気にしているようす。(ほとんどわからないのに) 歩くのは杖を使っていますが、自力で歩けます。リハビリをがんばったんだね。
なによりも両親が、「ああ、来てよかった。」とうれしがっているのを見ることができて、それだけでもよかったなあと思っています。

奄美大島へ(1)

2005 年 11 月 23 日 水曜日

■明日ははやいのですけど、ばたばたとしていたら遅くなってしまいました。飛行機の中で眠ればいいかな、と。

今回は観光というよりも、両親のつきそい、という感じなので「どうなることやら~」という気持ちが先です。
私が、知らないというかほとんど記憶に無いかたのところにお邪魔して「あらぁ、こんなに大きくなったの?おばちゃんがオムツをかえてあげたこともあるのよ。」とか、言われるのか思うと、気が重いですぅ。(笑)

母は「マングローブの林の中をカヌーを漕ぐツアーに参加したら?」とか言うのですけど、怖くていやだー。だって、ワニとか出てきそうだし。(出てこないって?)
(ザイルで確保されていると言う前提ですが)100m200mの壁につりさげられても平気なんですけど。
海や川でひとりでカヌーに乗るなんて怖くてダメです。

とかなんとか…「出発前の憂鬱」っていうのでしょうか。あれこれ心配したりしているところです、はい。
行ってしまえば「うわーー楽しかったよぉおお」と、豹変するのでしょうけど。(笑)

迷いましたが、マシンも一応持っていくことにしました。
でも、私のノートパソコンは大きすぎる。今年中に、B5サイズ程度のノートを買おうかな。デスクトップはDELL一辺倒ですけれど、ノートは「軽量」にこだわるためにDELL以外で。
でも、メモリサイズは譲れないとか、スペックにこだわっていたら、予算との兼ね合いが難しいかもしれません………..。

いずれにしても、おやすみなさい。そして行って参ります。

田中一村

2005 年 11 月 11 日 金曜日

■突然降ってわいたように
今月の下旬に、奄美大島へ行くことにしました。2泊ですが…。思わぬ展開で、急に決まってしまいました。

母の様子も気になるので、お正月前の平日に2,3日帰省するつもりではいましたが、両親が奄美大島に旅行に行きたいというので、なぜだか急に(帰省ではなくて)旅行に同行することになった次第。親孝行のつもりで。
「田中一村」の美術館もあるわよ、と言われたから、その気になった、という訳ではありません。それも少しあるけど。(笑)
いちばん上の姉は大阪からの直行便で、私は羽田からの直行便で現地集合の予定。
ホテルパック(往復航空運賃とホテル代)を使うと割安ですね。

でも制作の締め切りの合間をぬっていくので調整は大丈夫だろうか、とか、観光というよりも両親の「思い出めぐりにつきあう」ので、間がもつだろうか、とか、いろいろ考えてしまうわけなんですけど。(心配症な私)


実は、小さいころほんの少しだけ住んでいたことがあるのです。だけどもうほとんど記憶にない。
水平線の向こうからみえる船のこととか。(地球は丸い)
それからカトリックの幼稚園に通っていたことくらいかな。でも私は登園拒否児(笑)だったので、シスターたちに迷惑をかけたんでしょうねえ。
すごく楽しくて、いま考えてもワクワクするようないい幼稚園だったのに、なんで登園拒否なんかしたんだろ? < 私

スキー(志賀高原)

2005 年 11 月 8 日 火曜日

■年末年始に志賀高原でスキー宿を探すのはタイヘン!どこも空いてないじゃないの~。一応「キャンセル待ち」を入れました。

志賀高原にはこだわらないのですが、「ゴンドラ」があって、ゲレンデが広くていろんな場所に移動できて、雪質がよいところ…などと、勝手な希望を出すのだもの。
一応、全権委任(決めたら文句言わないでよ、という意味)されてはいるのだけど、難しい。
苗場とかも考えたけれど、なんだか人が多そうだし。蔵王はあこがれるけれど、遠すぎるし。
はぁああ………..



■私が高校生のころは、家庭科というのは女子だけ、しかも調理実習は見学するだけ(当番の班がみんなの前で調理する)でした。

本日の某高校での調理実習
・ミネストローネ
・ホイル焼き(生鮭)
(あと何点かあるようだったが詳しいことはわからない)
で、やっぱり炭水化物が必要だよね、ということでRの班はフランスパンも追加したらしいです。

おおまかな目標(スープとホイル焼き)があるけれど、班ごとに「細かいメニュー」や「材料調達担当」も決めるようです。なにしろ、3,4時間目が実習なのでできあがったものが「昼食代わり」になるのだもの。そりゃあ、おいしいランチにしたいでしょうねえ。(笑)

「ミネストローネ」について、先生は「トマトを使わなくてもいい」とのことだったのですが、全班から「トマトを使わないミネストローネなんて考えられない!」(←まったくもって同意だわ!)

本日、Rはフランスパン(正確に言うとバタールなんだけど)と玉ねぎをもって出かけました。パン屋のフランスパン用の袋に包んであるけれど、一目でわかります。いい香りもするし。
長いフランスパンをかかえて通学する男子高校生って…どうなのか?(笑) 

ちなみに、魚は自転車通学(近所の)子の担当だそうです。クーラーボックスにでも入れて持ってくるのだろうか??

家庭科は1年生だけ履修するようですが、それにしても調理実習がたくさんあって楽しそうだな。

2005 年 8 月 6 日 土曜日

■ずーいーぶん前のことですが、若かりしころ旅費を浮かせるために、東京から大阪まで深夜バスを利用したことがあります。そのころはまだ女性専用席なんてものはありませんでした。

いつでもどこでも「眠れる」のを自慢としていましたので(自慢なのか?)、いつものごとく熟睡しておりました。
でも、翌朝、目を覚ましてみると私の膝に見知らぬ男性の上着がかかっていてびっくり。思わず、私の横の座席に座っていた男性に向かって
「何ですかっ!これはっ!」
と上着を突き返したのでした。
でも、見るからに気の弱そうな男性が

「…………いえ、あの、あなたが夜中に何回も寒いっ!寒いじゃないのっ!

って言うものですから….寒いんだなと思って上着を…」

ひゃーすみません。
きっと冷房が寒くて、寝言で怒っていた(オバカ?)のでしょう。
で、上着をかけてもらったとたん、気持ちよく大人しく寝たのでしょうねえ。光景が目に浮かぶようだ。(笑)
でも、その恩(!?)も忘れて、なんて人騒がせなオンナなのっ!!

そのあとは、もう平謝りに謝りました。
でも………その話を、息子や夫にしたら「かわいそうだよねえ、その男の人」とか「そんなオンナの人って一番イヤなタイプだよね」とか、もうさんざんです。
確かに、今、思い出しても申し訳無い。
その節は本当にすみませんでした。ゴメンナサイ。
(でも、わたくし、寝ている時には、人格が変わりますの。)



深夜バスも、夜行の乗り継ぎも、お金をかけないで、いかに安く行くか?ということで利用したことがあります。でも結構体力的には辛いですよね。

息子があるオープンセミナーに参加したいとかで(親が出資しないので)お小遣いで行くことになったのですが、青春18きっぷと「ムーンライトながら」を使って往復するようです。
喉まで「新幹線代を出してあげる」という言葉が出かかっているのだけど。
でも夜行での往復がどんなに辛いか経験するのもいいかも…とぐっとがまん(笑)しているのでした。
それはともかく……
(そんなに行きたいならお小遣いで行けばぁ?と言うような中で←鬼親か!?^_^;)そこまでして出かける学生もいるのですから、ぜひぜひすばらしいオープンセミナーでありますようにと願うばかりです。

(ついしん)
息子は、夜行電車の中で「寒いっ!」などと言わないためにも上着を持っていくそうです……..。

新井裕己さん

2005 年 4 月 9 日 土曜日

JFAクライマーズフェスティバル2005 in 小川山
興味のある方、どうぞ。
新井裕己さんってあの新井裕己さん?

それにしてもいいなあ。もう体力も無し、足もあがらなくなっちゃった。もう岩登りなんてできないのだろうなあ。トホホ



■ひどい花粉症の方にとっては「いますぐ杉を伐り倒すべきだ」と思うまで切実なんでしょう。
幸いなことに今のところ私はまだ花粉症ではないのですが、周りをみわたすとマスク姿の人をたくさん見かけます。

奈良の室生寺へ行く時途中の道から見た山は一面、杉だらけでした。バスが無くてタクシーに乗ったのですが運転手さんが「黒塗りのタクシーは夕方になると杉の花粉で車全体が黄色になる」と話していました。花粉症の方が聞いたら卒倒しそうな話かも…….。


■それにしても、次から次へと。思わずきぃいいい{{ (>_<) }}となりそうです。貧乏暇無し。というか時間の遣い方がヘタなのか!?


■昨日の続き
macromediaのTOPには、もうすでにこんな風になっております。かなり衝撃的なニュースではあるけれど、でも実は逆に期待もできるかも。